深夜3時。
やっとの思いで授乳を終え、鉛のように重い体でベッドに戻る。隣で聞こえてくる、夫の穏やかな寝息。
その瞬間、私の心の奥底から、マグマのような黒い感情が、ゴポゴポと湧き上がってくる…。
「なんで、私だけがこんなに辛いの?」
「なんで、あなただけが、何事もなかったかのように眠れるの?」
「なんで、私のこの気持ちを、分かってくれないの…?」
こんにちは。3人の娘を育てる、現役ママナースの皐月です。
これは、長女が生まれたばかりの頃の、私のリアルな心の叫びです。あんなに愛していたはずの夫の存在が、たまらなく疎ましく、憎らしくさえ感じてしまう。
もし、あなたが今、あの頃の私と同じように、暗く、孤独なトンネルの中にいるのなら…。
それは、あなたの性格が悪いからでも、夫婦の愛情が冷めたからでもありません。
多くの夫婦が経験する**「産後クライシス」**の、真っ只中にいるだけなのかもしれません。
今日は、具体的な解決策の前に、まず**「なぜ、そんな気持ちになってしまうのか」**という、夫婦のすれ違いの「正体」を、ママとパパ、両方の視点から、じっくりと解き明かしていきたいと思います。
この記事でわかること
- 産後、ママの心と体に起きている「大災害」の正体
- パパが「非協力的」に見えてしまう、悲しい理由
- なぜ「助けて」が「非難」に聞こえる?夫婦のすれ違いが起こるメカニズム
- あなたのイライラは、あなただけのせいじゃない、という事実
ママの心と体は「災害レベル」。一人で津波に立ち向かっている。
まず、ママ自身に知ってほしいこと。あなたの心と体は今、あなたが想像する以上に、とてつもないダメージを受けています。
① ホルモンの大嵐
出産は、全治数ヶ月の大怪我と同じ。その上、妊娠中にあなたを守ってくれていた女性ホルモンは、産後、崖から突き落とされたように急降下します。これは「ちょっと気分が落ち込む」なんてレベルの話ではありません。脳内で、**抗うことのできない「ホルモンの嵐」**が吹き荒れているのです。イライラも、涙も、あなたのせいではありません。
② 「私」の喪失と、24時間体制のプロジェクトマネージャー就任
昨日までの「私」は、もうどこにもいません。名前で呼ばれることもなくなり、「〇〇ちゃんのママ」になる。それは喜ばしいことであると同時に、「自分」という存在が消えてしまったかのような、言いようのない喪失感を伴います。
さらに、あなたは今日から、この世で最も要求の厳しいクライアント(=赤ちゃん)の、24時間365日対応のプロジェクトマネージャー。「お腹は空いていないか」「おむつは濡れていないか」「息はしているか…?」この**「見えない精神的負担(メンタルロード)」**が、あなたの脳を常にフル稼働させ、疲弊させていきます。
パパは「蚊帳の外」どころか、「大海原で遭難中」
一方、その頃、パパはどう感じているのでしょうか。「のんきでいいわね」と見えるその裏側で、実は彼もまた、あなたとは違う種類のパニックに陥っていることが多いのです。
① 彼は、あなたの心を読めるエスパーじゃない
これが、産後のママにとって一番認めたくない、でも一番大事な事実です。
彼は、あなたの体内で起きているホルモンの嵐も、あなたの脳を支配する「見えない家事」も、全く見えていません。
彼に見えているのは、「なんだか分からないけど、常に不機嫌な妻」と「何をしても泣き止まない赤ちゃん」だけ。どうしていいか分からず、途方に暮れているのです。
② 彼の愛情表現は「仕事」という名の逃避?
多くの男性は、自分が解決できない問題に直面すると、自分が貢献できる、分かりやすい世界(=仕事など)に意識を向けようとします。彼にとっては、それが「家族を支える」という愛情表現のつもり。
でも、心身ともにボロボロのあなたには、それが**「育児からの逃亡」「無関心」**にしか見えない。これが、産後最大の悲劇的なすれ違いです。
③ 赤ちゃんを「壊してしまう」のが怖い
「抱き方が違う」「ゲップのさせ方が下手」
あなたにとっては、赤ちゃんを守るためのアドバイスのつもりが、パパにとっては「お前は父親失格だ」という非難に聞こえていることがあります。その結果、赤ちゃんに触れること自体が怖くなり、ますます育児から遠ざかってしまう…という悪循環も、本当によくある話なんです。
「助けて!」が「役立たず!」に聞こえる時、すれ違いは完成する
もう、お分かりですよね。
ママは、津波の中で溺れながら**「助けて!」と叫んでいる。
でも、パパには、その声が「お前は本当に役立たずだな!」**という罵声に聞こえてしまう。
だから、パパは「下手に手を出して怒られるくらいなら…」と距離を置き、ママは「やっぱり私一人なんだ…」と絶望する。
愛情がなくなったわけじゃない。ただ、お互いがパニックの中で、全く違う言語を話しているだけなのです。
まとめ:あなたのせいじゃない。まずは、自分を責めるのをやめよう
産後、夫に優しくできない自分を、責めないでください。
あなたが感じているイライラや孤独感は、あなたが母親失格だからでも、性格が悪いからでも、夫婦の愛が冷めたからでもありません。
それは、ホルモンと、睡眠不足と、急激な環境の変化が引き起こしている、あまりにも自然な反応です。
まずは、「私、今、すごく大変な状況なんだな」と、自分自身の状況を客観的に認めてあげること。そして、夫もまた、悪気があるわけではなく、ただ「分からない」だけなんだ、と理解すること。
それが、産後クライシスという暗いトンネルを抜けるための、最初の、そして最も重要な一歩です。
次の記事では、いよいよ実践編。このすれ違いを乗り越え、夫婦が再び「戦友」になるための具体的なコミュニケーション術について、詳しくお話ししますね。
