「おめでとう」の言葉が、鉛のように重かった
我が子の誕生は、人生で最も幸せな瞬間のはずでした。
それなのに、私の心は、晴れることのない分厚い雲に覆われていました。
理由もなく、涙が溢れる。
可愛いと思える日と、可愛いと思えない日がある。
「母親失格だ」と、毎日、自分を責め続ける。
夫の「手伝うよ」という、優しい言葉にさえ、ナイフのような苛立ちを感じる。
こんにちは。3人の娘の母で、現役ナースの皐月です。
産婦人科ナースとして、たくさんの産後うつの患者さんを見てきました。
「これはホルモンのせいです。あなたのせいじゃないですよ」
そう、冷静に説明してきた私が、まさか、自分がその暗い沼の底に沈むことになるなんて、思ってもみませんでした。
この記事は、特別な誰かの話ではありません。
かつて、暗くて長いトンネルの中で、一人でもがき苦しんだ、私自身の物語です。
もし、今あなたが同じような暗闇の中にいるのなら、この体験談が、ほんの少しでも出口を照らす光になることを、心から願っています。
なぜ?私が「母親失格」の沼に沈んでいったのか
「完璧な母親にならなければ」
その強迫観念が、逃げ場のない私を、少しずつ追い詰めていきました。
- 終わらない睡眠不足: 24時間体制の授乳と、背中スイッチ全開の夜泣き。看護師の夜勤より、遥かに過酷でした。
- 社会からの孤立感: それまで当たり前だった社会との繋がりが、プツリと絶たれる。狭い部屋の中で、言葉の通じない赤ちゃんと二人きり。誰とも話さない日が続きました。
- ホルモンのジェットコースター: 出産による急激なホルモンの変化は、感情の制御を不可能にしました。嬉しくて泣き、悲しくて泣き、理由もなく涙が流れました。
- SNSが映し出す「理想の母親」: スマホを開けば、キラキラした育児を楽しむ、他のママたちの姿。それに比べて、私は…。絶望的な気持ちになりました。
「つらい」と認めることは、「母親失格」の烙印を押されることだと思い込んでいたのです。
【ママナースの専門家メモ】
産後うつは、「甘え」や「気合」の問題では、決してありません。出産による急激なホルモン変動で、脳内の感情を安定させる物質(セロトニンなど)が不足し、正常な思考ができなくなる、医学的な治療が必要な「病気」です。
暗闇のトンネルを抜けるために、私がした「たった3つのこと」
そんな私が、少しずつ光を見出せるようになったきっかけは、本当に些細なことでした。
1. 「完璧な母親」を、やめてみた
長女の産後、どうしても涙が止まらなくなった日、私は夫にすべてをぶちまけました。
「もう、無理。母親なんて、やめたい」
その言葉を聞いた夫は、驚くほど冷静にこう言いました。
「分かった。今日は俺が母親になるから、君は一日、何もしなくていい。耳栓して、寝てていいよ」
その日から、私は「完璧」を目指すのをやめました。
- 一日くらい、冷凍食品やレトルトでもいい。
- 部屋が散らかっていても、死にはしない。
- 泣いている赤ちゃんを、夫に任せて、自分は寝たっていい。
「〜べき」という呪いの言葉から自分を解放した時、心が少しだけ軽くなりました。
2. 勇気を出して「助けて」と、声に出してみた
次女の産後、再び心が沈みかけた時、私は、長女の時の反省を活かし、すぐに外部に助けを求めました。
電話したのは、地域の保健師さんでした。
「つらいです。もう、どうしたらいいか分かりません」
震える声でそう言うと、電話の向こうの保健師さんは、ただひたすら、私の話を黙って聞いてくれました。そして、「つらかったですね。よく、一人で頑張りましたね」と、たった一言だけ言ってくれたのです。
誰かに自分の弱さを認められ、受け入れてもらえた経験。それが、固く閉ざしていた私の心の扉を、少しだけ開けてくれました。
3. 「母親」ではない、「自分」の時間を取り戻した
三女の産後、私は、夫や一時保育の助けを借りて、意識的に「一人になる時間」を作りました。
週に一度、たった2時間だけ。
最初は、何をすればいいか分かりませんでした。
でも、ただカフェで、誰にも邪魔されずに、温かいコーヒーをゆっくり飲む。好きな音楽を聴きながら、目的もなく散歩する。
そうするうちに、忘れていた「自分」という人間の感覚が、少しずつ戻ってくるのを感じました。
子どもと物理的に離れる時間は、罪悪感を感じるものではありません。それは、再び子どもを心から愛おしいと思うための、**何よりも大切な「心のメンテナンス期間」**だったのです。
今、暗闇の中にいる、かつての私へ
もし、今あなたが、かつての私と同じように、暗いトンネルの中にいるのなら、これだけは、信じてください。
そのつらさは、あなたのせいじゃない。
あなたは、決してダメな母親なんかじゃない。
どうか、一人で抱え込まないでください。
パートナーに、親に、友人に、そして、地域の専門機関に。勇気を出して、「助けて」と声を上げてください。
母親である前に、あなたは、かけがえのない一人の人間です。
あなたが、あなたらしく笑顔でいること。それが、赤ちゃんにとって、世界で一番の栄養になるのですから。
明けない夜は、ありません。
その暗いトンネルには、必ず、光の差す出口があります。
