はじめに:世界で一番、味方でいてほしい人のはずなのに
我が子の誕生は、人生で最も幸せな出来事の一つ。夫婦の絆も、より一層深まるはず…。
多くの人が、そんな風に、理想の産後を思い描いていたのではないでしょうか。
でも、現実はどうでしょう。
夫が、スマホをいじっているだけで、無性に腹が立つ。
「何か手伝おうか?」の一言が、「言われなきゃ、わからないの?」という怒りに変わる。
夜泣き対応で寝不足の横で、呑気にいびきをかいて眠る夫の背中に、殺意すら覚える…。
あんなに大好きで、世界で一番の味方だと思っていたパートナーに、なぜか、こんなにもイライラしてしまう。そんな自分に戸惑い、罪悪感を抱いていませんか?
こんにちは!3姉妹の母で、現役看護師の皐月です。
何を隠そう、私自身、長女の出産後、見事に**「産後クライシス」**に陥りました。「クライシス(crisis)」とは、つまり「危機」。その名の通り、産後に夫婦の愛情が急速に冷え込み、離婚の危機にまで発展しかねない、深刻な状態です。
でも、安心してください。あなたが今感じているそのイライラは、あなたの性格が悪くなったからでも、夫への愛情がなくなったからでもありません。そこには、女性の心と体、そして、夫婦を取り巻く環境の劇的な変化という、ちゃんとした理由があるのです。
『産後クライシスを乗り越える「夫婦の処方箋」』シリーズの第1弾。今回は「原因編」として、なぜ、産後に夫婦のすれ違いが起きてしまうのか、その正体を、ママナースの視点から、紐解いていきたいと思います。
正体1:妻の体は「交通事故レベル」のダメージを負っている
まず、男性に、そして、他ならぬ女性自身にも知っておいてほしい大前提。それは、**「出産は、全治数ヶ月の交通事故に遭ったのと同じくらいのダメージを、体に負う」**ということです。
会陰切開の傷の痛み、後陣痛、骨盤のぐらつき、そして、深刻な睡眠不足。体はボロボロなのに、24時間、待ったなしで、小さな命を守るための育児が始まります。
この肉体的なダメージと極度の疲労が、心の余裕を根こそぎ奪っていきます。そんな状態で、他人に優しくなんて、できるわけがないのです。特に、自分と同じように、親になったはずなのに、以前と変わらない生活を送っているように見える夫の存在は、「不公平だ」という怒りの格好の的になってしまいます。
正体2:ホルモンの仕業で、妻は「母」モードに強制変換される
産後の女性の体内では、ホルモンが、まるで嵐のように吹き荒れています。
- 愛情ホルモン「オキシトシン」: このホルモンが大量に分泌されることで、女性は我が子に対して、深い愛情と、「この子を守らなければ!」という強い庇護欲を感じるようになります。いわば、**戦闘モードの「母」**になるのです。
- 女性ホルモン「エストロゲン」の急降下: その一方で、女性らしさや、精神の安定に関わるエストロゲンは、産後に急激に減少します。これにより、情緒が不安定になったり、夫を「恋人」や「パートナー」ではなく、「我が子を守るための、チームの一員」あるいは「外敵」として認識しやすくなったりします。
つまり、産後の妻のイライラは、「我が子を守る」という、生物としての本能に、大きく突き動かされているのです。夫への愛情が冷めたのではなく、愛情の優先順位が、強制的に「子>>>>>夫」に切り替わってしまった、と考えると、分かりやすいかもしれません。
正体3:夫と妻の間に生まれる、絶望的な「当事者意識」の差
これが、産後クライシスを引き起こす、最も根深く、そして、厄介な原因です。
妻は、十月十日、お腹の中で子どもを育て、文字通り、命がけで出産します。その瞬間から、否が応でも、「母親」としての当事者意識が芽生えます。
一方、夫は、もちろん喜びや感動はあっても、身体的な変化は何一つありません。昨日と同じ自分の体のまま、今日から突然、「父親」という役割を与えられます。そこに、妻と同じレベルの当事者意識を、すぐに持て、と言う方が、無理な話なのです。
この「当事者意識の差」が、様々なすれ違いを生み出します。
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妻:「言われなくても、やるべきこと、わかるでしょ!」
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夫:「言ってくれなきゃ、何をすればいいか、わからないよ」
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妻:「“手伝う”じゃない!あなたも、親でしょ!」
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夫:「良かれと思って、“手伝おうか?”って言ったのに、なんで怒るの?」
妻からすれば、「見て見ぬフリ」に見える夫の行動も、夫からすれば、「何をどうすればいいか、本当にわからない」だけ、というケースが、実は、非常に多いのです。
まとめ:そのイライラは、「SOS」のサイン
産後の夫へのイライラ。その正体は、
- 出産による、身体的なダメージと、極度の疲労
- 「母」になるための、ホルモンによる強制的なモード変換
- 夫婦間に生まれる、絶望的な「当事者意識」の差
という、複合的な要因によって引き起こされる、いわば**「産後の自然災害」**のようなものです。
そして、そのイライラは、あなたの心が発している、**「助けて!」「もう限界!」「あなたも、親としての自覚を持って!」**という、悲痛な「SOS」のサインなのです。
決して、一人で抱え込まないでください。そのSOSを、どうすればパートナーに正しく届けられるのか。
次回の「会話術編」では、夫を「敵」から、共に戦う「最高の戦友」に変えるための、具体的なコミュニケーションの技術について、お話していきます。