はじめに:その“嫌悪感”は、決して、愛情が冷めた証拠じゃない

これまでの2回の記事で、産後クライシスの「原因」と、夫婦の「会話術」についてお話してきました。

▼これまでの記事

  1. 【原因編】なぜ夫にイライラする?産後に夫婦関係が冷え込む、すれ違いの正体
  2. 【会話術編】夫を「敵」から「戦友」に変える!感謝と要求の上手な伝え方

夫婦の会話も、少しずつ改善してきた。夫も、育児に協力的になってくれた。でも、どうしても、解決できない問題が、一つだけ残っている…。

それは、**「夫に、触れられたくない」**という、自分の気持ち。

夫から、求められるのが、怖い。夜、寝室で、夫が隣にいるだけで、体がこわばってしまう。そんな、かつては愛していたはずの相手に、まるで“嫌悪感”のような感情を抱いてしまう自分に、深く傷つき、悩んでいませんか?

こんにちは!3姉妹の母で、現役看護師の皐月です。

『産後クライシスを乗り越える「夫婦の処方箋」』シリーズの最終回。今回は、多くの夫婦が、誰にも相談できずに、一人で抱え込んでいるであろう、最もデリケートで、根深い問題。**「産後セックスレス」**について、正面から、お話したいと思います。

まず、あなたに伝えたいこと。その気持ちは、決して、あなたがおかしいわけでも、夫への愛情が完全になくなったわけでもありません。それは、多くの産後女性が経験する、ごく自然な心と体の変化なのです。


なぜ?産後に「レス」になってしまう、4つの理由

産後に、セックスレスに陥ってしまうのには、女性側に、明確な理由があります。

理由1:【身体的な問題】体はまだ、戦場だった

  • 傷の痛み: 会陰切開や、帝王切開の傷が、まだ痛む。
  • ホルモンの影響: 母乳を分泌させるホルモン「プロラクチン」には、性欲を減退させる働きがあります。また、女性ホルモン「エストロゲン」の低下により、膣が乾燥し、性交痛を感じやすくなります。
  • 極度の疲労: 慢性的な睡眠不足と、24時間体制の育児で、体は常にエネルギー切れの状態。性的な欲求を持つための、体力的な余裕が、全くありません。

理由2:【心理的な問題】妻の頭の中は、24時間「母」である

  • 「母」モードの継続: 産後の女性の脳は、常に「母」としてのスイッチがONの状態です。我が子を守ることに、全神経を集中させているため、「女」としてのスイッチに、切り替えることが、非常に難しいのです。
  • 夫が「家族」になる: 恋人だった夫が、子どもを育てる「同志」「家族」という存在に変わることで、性的な対象として、見られなくなってしまう。
  • 自己肯定感の低下: 出産による体型の変化や、常にすっぴんで、自分の身なりに構っていられない状況から、「女性としての自分」に、自信が持てなくなってしまう。

理由3:【衛生的な問題】常に“汚れている”感覚

授乳による母乳の匂い、吐き戻し、おむつ替え…。常に、赤ちゃんのケアに追われる中で、自分の体が、どこか「衛生的な状態ではない」と感じてしまい、性的な行為に対して、不潔感を抱いてしまうことがあります。

理由4:【これまでの不満の蓄積】もう、心が開けない

これが、最も根深い問題かもしれません。産後の、自分が一番つらかった時期に、夫が協力してくれなかった、心ない言葉をかけられた、という経験。その時に受けた心の傷が、深い恨みとなって、心のシャッターを固く閉ざしてしまい、「今さら、そんな気になれるわけがない」という、生理的な拒絶感に繋がっているケースです。


夫婦関係を、再構築するための、小さな一歩

では、この凍りついた関係を、どうすれば、少しずつ溶かしていくことができるのでしょうか。焦る必要は、ありません。セックスは、あくまで、コミュニケーションの一つの形に過ぎないのです。まずは、その手前の、スキンシップから、関係を再構築していきましょう。

ステップ1:まずは、自分の気持ちを、正直に伝える

最も大切なのは、夫からの誘いを、ただ拒絶し続けるのではなく、**「なぜ、今は、そういう気持ちになれないのか」**を、正直に、でも、相手を傷つけないように、伝えることです。

「あなたのことが、嫌いになったわけじゃないの。でも、今は、育児で疲れ切っていて、どうしても、女性としてのスイッチが入らないんだ」
「出産した時の傷が、まだ痛むことがあって、正直、怖い、という気持ちがあるの」

あなたの、その正直な言葉が、夫の「拒絶された」という傷を、和らげることができます。

ステップ2:「セックスなしのスキンシップ」から、始めてみる

いきなり、セックスをゴールにする必要はありません。まずは、ハードルの低い、セックスを伴わないスキンシップから、始めてみましょう。

  • 手をつなぐ: ソファでテレビを見ている時、並んで歩いている時、意識して、手をつないでみる。
  • マッサージをし合う: 「疲れたね」と、5分間だけでも、お互いの肩を揉み合ってみる。
  • ハグをする: 「いってらっしゃい」「おやすみなさい」の挨拶の時に、ハグを習慣にしてみる。

肌と肌が触れ合うことで、安心感や、愛情を司るホルモン「オキシトシン」が分泌され、お互いの、ささくれだった心が、少しずつ癒されていきます。

ステップ3:夫婦二人の時間を、取り戻す

「会話術編」でもお伝えしましたが、やはり、「パパとママ」から、「夫と妻」に戻る時間を持つことが、非常に重要です。

子どもを預けて、二人きりで、ゆっくりと食事をする。恋人だった頃のように、おしゃれをして、デートをする。そんな時間の中で、お互いを、もう一度、一人の「男」と「女」として、見つめ直すことができるかもしれません。


まとめ:焦らないで。二人のペースで、もう一度始めよう

産後セックスレスは、決して、珍しいことではありません。多くの夫婦が、通る道です。

大切なのは、その問題を、見て見ぬフリをするのではなく、**「これは、私たち二人の問題だ」**と捉え、夫婦で、向き合うことです。

セックスが、すべてではありません。手をつなぐこと、ハグをすること、他愛のない話で笑い合うこと。そんな、日々の小さなコミュニケーションの積み重ねが、冷え切ってしまった夫婦関係に、もう一度、温かい灯をともしてくれるはずです。

焦らないで。あなたたち、夫婦のペースで、ゆっくりと、関係を再構築していってくださいね。

これで、『産後クライシスを乗り越える「夫婦の処方箋」』シリーズは終わりです。この3つの記事が、産後の夫婦関係に悩む、すべてのカップルの、助けになることを、心から願っています。